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医療過誤原告の会
会長 宮脇正和
これまで医療事故に遭い、医療機関の説明に納得することが出来ない被害者たちは、司法の場で、真相究明と被害の救済を求める以外に、選択肢が存在しなかった。
しかしながら、民事裁判においては、私的紛争として扱われ、被害者側が医師の過失および被害との因果関係を自ら立証する必要があるなど困難な作業を強いられ、その負担に耐え判決まで至ったとしても、結果、裁判所が訴えを認める可能性は低かった[1]。また刑事においては、そもそも医療は聖域となっており、医療事故の数に比べ起訴される件数が極端に少なく[2]、起訴されるべき悪質な事案[3]であってもなかなか起訴されない上、刑事裁判の結果真相解明がなされるとは限らなかった。このような状態の中で多数の医療被害者は、司法によっても見捨てられ、泣き寝入りを余儀なくされてきたのが現状である[4]。
ゆえに公的機関が設立され、司法に頼らない公的事業として医療事故の真相究明、被害の救済、再発防止がなされることは、医療事故被害者にとって長年の切実な要望だった。
今年、厚生労働省は「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」を開催し、「医療事故調査委員会(仮称)」を設立する試案を公表した[5]。また、与党自民党においても「医療紛争処理のあり方検討会」にて、検討が行われている。
しかしこのような中、主に福島県立大野病院の産婦人科医逮捕を契機に、一部では、被害者を顧みることなく医療従事者の方向のみを向いた議論が行われている。
医療事故調査委員会が、患者との信頼関係を生み、結果として医療従事者の利益となるのであれば望ましいが、医療従事者の保身や責任逃れ、訴訟回避を目的とした「隠れみの」として利用されるのであれば、問題である。
裁判を受ける権利が憲法上保障されている以上、委員会はまず何よりも医療事故被害者の信頼を得るものでなければならない。さもなければ医療事故被害者は、いままでと同様、司法によって真相究明を図らざるを得なくなる。
医療事故調査委員会は、なによりも医療事故被害者の真相究明、被害の救済、再発防止といった切実な願いを実現するために設置されるべきである。
以下そのような観点で、医療事故調査委員会のあり方について要望を行う。
1、医療事故の原因究明、被害の救済、再発防止を組織の目的として、明確に位置づけること。
2、委員の構成員として医療事故被害を経験した一般市民を加え、重要な役割を担わせること[6]。
3、診療行為によって患者が予期せず死亡または身体に障害を負った場合、医療機関に届け出義務を課すと共に、医師法21条との整合性を図ること。
4、原因究明の為に、強力な調査権限を付与すること。
5、作成した調査報告書等は、個人情報に関わる部分を除き、医療機関名も含めて全て公開すること。
6、調査の結果、医療側に過失がないと判明した事案、および過失が疑われるものの被害の原因と断定するには至らなかった事案については、医療事故の公的な被害補償制度[7]を設けて、その補償対象とすること。
7、調査の結果、医療側に過失ありと判明した事案については、行政処分[8]および刑事処分[9]の対象とすること。ただし、過失の程度が軽度で、被害の謝罪と補償が行われ、再発防止策が実施された場合には、捜査機関と調整し刑事処分を見送ること。
8、十分な予算と人材のもと、早期に制度を開始すること。
以上
[1] 医事関係の訴訟の認容率(訴えが一部でも認められた割合)は3割から4割と、通常の訴訟の8割強に比べ、極端に低い。最高裁判所「地裁民事第一審通常訴訟事件・医事関係訴訟事件の認容率」http://www.courts.go.jp/saikosai/about/iinkai/izikankei/toukei_03.html
[2] 年間平均15件程度。飯田英男「刑事司法と医療」『ジュリスト』1339号 62頁。
[3] 例えば、医療ミスを何度も繰り返す「リピーター医師」、カルテ改ざんや偽証、その他、医療倫理から逸脱した診療行為、重大な過失など。
[4] 過失を表す明確な証拠が存在せず弁護士に訴訟を相談しても断られる、多数の医療事故被害者の存在も忘れてはならない。
[5] 厚生労働省「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案-第二次試案」http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/11/dl/s1108-8c.pdf
[6] 医療側だけであれば言うまでもなく、例え運営に患者側の弁護士が参加していたとしても、弁護士は職業として代理人を行っているのであって、直接の医療事故経験者でないことに留意する必要がある。医療事故被害を経験した一般市民が運営に参加しない場合、公平性や信頼性を欠くことになる。
[7] (財)日本医療機能評価機構で議論されている産科医療補償制度と連携を図ると共に、対象を全分野に広げること。
[8] 再教育研修を含む。
[9] 医療従事者のみ特権的に、業務上過失致死傷罪が免責される理由は見当たらない。