毎日新聞・桐野記者の記事より

記者の目:どうする、医療事故調=桐野耕一(東京社会部)                       毎日新聞 2014年12月10日 東京朝刊

再発防止の視点、貫け

 医療死亡事故の原因究明と再発防止を目指し、来年10月にスタートする「医療事故調査制度」をどう運用するか議論している厚生労働省の検討会で、一部の医療団体の委員らが「単純ミスは調査対象にする必要がない」「調査報告書に再発防止策を記載しない」などと主張している。制度を骨抜きにするような主張で、弁護士や遺族だけでなく、他の医療団体の委員からも反論が出ている。ミスの発覚を恐れて調査の範囲を狭くするような事態になれば、国民の医療不信はさらに広がる。患者や遺族、市民の目線を重視した議論をしてほしい。

 医療事故調制度は今年6月の医療法改正で、創設が決まった。歯科診療所や助産施設を含む全国約18万施設の医療機関は、診療中に患者が予期せず死亡した場合、民間の第三者機関「医療事故調査・支援センター」に届け出ることが義務付けられる。センターは医療機関の院内調査を支援し、調査結果の報告を受けたうえで再発防止策を分析する役割を担う。遺族は院内調査の結果の報告を受け、納得できない場合はセンターに独自調査を依頼できる仕組みだ。

 医療団体や弁護士、医療事故の遺族ら24人で構成する厚労省の検討会は、先月からセンターへの届け出範囲や遺族への説明事項などをどうするか、具体的な運用指針の議論を始めた。制度のあり方を左右することになるこの議論の場で、医療法人の有力な全国組織である日本医療法人協会の委員らが「薬剤の取り違えなど一定の確率で起きる単純ミスは届け出対象にあたらない」「調査報告書に再発防止策は記載しない」「遺族に院内調査の報告書は開示せず、再発防止策も伝える必要はない」などと主張している。

 単純なミスこそ徹底の必要ある

 だが、単純な薬剤の取り違えを届け出ないなら、今年4月に国立国際医療研究センター(東京都新宿区)で、エックス線撮影の際に使用が禁止された造影剤を使ったことで女性患者が死亡したような事故も、調査対象から漏れる可能性がある。こうした造影剤の種類の間違いによる死亡事故は過去にも複数あった。単純なミスこそ原因を分析したうえで、再発防止策を全国の医療機関に徹底する必要があるはずだ。

 協会の委員らは「単純ミスまで調査していては、医師が院内調査に時間をとられて診療に悪影響が出る」とも主張するが、そうした態度で安全に医療を受けたいと願う患者の理解を得られるだろうか。弁護士らが「事故の原因は調査して初めて分かるものだ。単純ミスかどうかに関わらず届け出るという考えで、これまでも議論されてきた」と異議を唱えるのは当然だろう。

 再発防止を目的にした制度なのに、調査報告書に再発防止策を記載しないという主張にも強い違和感を覚える。別の医療団体の委員が「再発防止策を記載すれば責任を認めたとみなされ、民事訴訟を起こされると懸念しているのではないか」と推察するように、再発防止より責任回避を重視していると受け止められても仕方がない。

より安全な機器開発につながる

 私は航空機や鉄道、船舶の事故を調査する運輸安全委員会の取材を担当したことがある。その時、メーカーや航空会社から独立した機関による事故原因の調査や分析が、航空機同士の接触や地面への激突を防ぐ装置の開発に生かされたと知った。医療事故も同じであるべきではないか。

 患者が相次いで死亡したような場合、最近は病院が外部の専門家も入れて調査を進めることも多いが、担当医や組織内部の問題点を指摘するだけにとどまってしまうことが少なくない。医療事故調制度が十分機能し、第三者の幅広い視点で原因を冷静に調査すれば、今よりさらに安全な医療機器の開発につなげることも可能になるのではないか。

 医療事故で医師らの個人の刑事責任を追及しても、再発防止に直接つながることはない。真実を知るために、やむを得ず民事訴訟を起こした遺族は、二度と不幸な事故が繰り返されないことを願っている。医療界でも多くの学会や団体が、再発防止につながる医療事故調制度の創設を求めてきたはずだ。それなのに、一部とはいえスタート直前になって、保身のために制度を根底から否定しようとするかのような医師の態度が残念でならない。

 医療機関の院内調査の中立性、透明性をどうやって確保するのか。医師個人の責任追及ではなく、再発防止のためには何が必要か。医療側と遺族側が知恵を出し合い、国民が信頼できる制度を作ってくれることを心から期待している。

第23回定期総会・記念シンポジウムを終えて

医療過誤原告の会シンポジウムが12月7日「医療事故を風化させず、医療安全の向上を願って」と題して開催されました。

今年裁判で和解になった3名の被害者、家族、遺族からの報告と、医療事故に真摯に向き合っている大学病院、民間病院の、責任者の方から、ご講演いただきました。            「医療事故を風化させず、医療安全に活かす」文化と仕組みづくりに、被害者の思いを重ねて、 地道な努力が積み重ねがされている事を知ることができました。                 このような姿勢を、全国の医療機関に願わずにはいられません。

シンポジウムにご協力いただきました、皆さまに厚くお礼申し上げます。          尚、シンポジウムの詳細は、後日、冊子を発行予定です。

医療過誤原告の会・会長 宮脇正和