「病院に入院した患者の25人に1人(4%)が医療事故に遭っている」こと知っていますか?

「めったなことでは医療事故に会わない。」「医療事故が起こるのはごくまれなケースだ。」「医療ミスで死ぬ患者はごくわずか。」「自分は医療事故に会わない。医療事故とは一生無縁だ。」「医療事故なんて他人事だ。」

このように考えていませんか?私も実際に被害に会うまでそのように考えていました。誰もが、自分が実際に経験するまで医療事故を他人事と考えています。しかし本当にそれは正しいのでしょうか?つまり、医療事故が起こることは極めてまれで、大半の人には関係のないこと、考えなくて良いことなのでしょうか?

この件に関して、アメリカでの幾つかの調査が衝撃的な事実を、私たちに教えてくれます。

 医療は期待されているほど安全なものではない。医療におけるエラーが死や傷害の主要な原因になっていることを示す事実は数多くある。医療におけるミスによってアメリカ人の相当数が傷害・被害を受けている
 入院患者を対象にした2つの大規模研究、1つはニューヨーク州の1984年のデータ資料をもとにした調査研究、もう1つはコロラドとユタ両州の1992年のデータを用いた調査研究は、入院患者に医療的処置に関連した傷害を招いた有害事象(※医療事故)の発生率がそれぞれ3.7%、2.9%であったことを明らかにしている。そのうち医療上のエラーに起因する有害事象(防止できた有害事象)による傷害は、ニューヨーク州では58%、コロラド、ユタの両州では53%を占めていた。
 防ぐことができたはずの有害事象(※医療ミス)は、米国の主要死亡原因の1つになっている。これらの調査結果を1997年に米国で3360万人以上を数える入院患者に当てはめて推計すると、毎年少なくとも4万4000人、ことによると9万8000人が医療ミスにより病院で死亡していることになる。この少ないほうの推計値を用いたとしても、防ぎうる有害事象による入院患者の死亡件数は、米国の主要死亡原因8位の死亡者数を上回る。すなわち、自動車事故による死亡(4万3458人)、乳癌(4万2297人)、エイズ(1万6518人)より多い数字になる。

人は誰でも間違える―より安全な医療システムを目指して

 

我々の結果によれば、1984年にニューヨーク州における入院患者が被った不都合な事故(※医療事故)は、3.7%であった。このうち26.7%は、過失によるもの(※医療ミス)であった。…
 これらの数字は、10年以上前にカリフォルニア州でまとめたものに類似している。…それゆえに、これら2つの大規模で独立した調査によれば、すべての入院患者のほぼ4%に不都合な事故(※医療事故)が起こり、そのうち1/4は標準以下のケア(※医療ミス)が関わっていた

医療過誤対策―全米調査プロジェクト

(「※」付きカッコは引用者が挿入した。)

アメリカでの調査によると、なんとすべての入院患者の25人に1人(4%)が医療事故の被害にあっているという衝撃的な結果が出ています。(引用した2つの文章で、医療ミスの割合が異なるのは、定義が異なるからと思われます。)

ところでアメリカではなく日本では、毎年どのくらいの医療事故、医療ミスが発生しているのでしょうか?実は正確なデータは分かりません。アメリカでされたような詳細な調査は行われていません。

日本において医療事故が多少なりとも社会の注目を集めるようになったのは、1999年の横浜市大病院患者取り違え事件以後からです。それまでは医療事故の問題は、たいして注目されていませんでした。

日本での医療事故の件数を、アメリカの調査結果から推定してみましょう。最初の引用文の、毎年アメリカで9万8000人が医療ミスで死んでいるという結果を、単純に日本の入院患者数(1400万人)で置き換えると、日本では毎年4万1000人が医療ミスで死んでいる計算になります。

これは日本の主要死亡原因の5位に相当し、交通事故での死亡者数(平成19年度5,744人)の7倍以上の日本人が、毎年医療ミスで死んでいることになります。

医療事故、医療ミスは決して他人事ではありません。あなたが今度、病院に入院する際に、4%もの確立で医療事故の被害に遭うことを思い出してください。もう人事では居られなくなるのではないでしょうか。

前田 経一

「病院に入院した患者の25人に1人(4%)が医療事故に遭っている」こと知っていますか?” への35件のフィードバック

  1. 本当にその通りだと思います。
    私も、まさか!と思うような医療事故に遭いました。
    そこの病院では、私以外にも同じ事故が起きていました。
    素人目にみても、緊張感のない医療現場だったと思います。
    他の病院では、こんなことありえないと言われました。
    まじめに医療行為を行っている医師や病院が評価される世の中になって欲しいと願っています。

  2. >私も、まさか!と思うような医療事故に遭いました。

    「まさか!」と、皆さんそう思いますね。
    どうしたら、医療事故を経験していない人にも、当事者意識をもってこの問題を考えてもらえるのか?最近、そのことばかり考えています。

  3. まじめに医療行為を行っている医師や病院でも,偶発的な”医療ミス”(あなた方の定義による医療ミスを含む)は当然起こし得ますから,そこをどういう扱いにするかを決めるのが大変な問題です。

  4. >まじめに医療行為を行っている医師や病院

    【過失】かしつ
    不注意・怠慢などのためにおかした失敗。法律的には、一定の事実を認識することができるにもかかわらず、注意を怠ったために認識しないこと。
    大辞林 (三省堂)

    まじめに医療行為を行っている医師は、”医療ミス”を起こさないでしょ。
    偶発的な「不注意・怠慢」などありえないのですから。

  5. 管理者を代えるか、会の代表としてコメントを返す人を代えた方がいいのではないでしょうか。医療過誤被害者のイメージダウンにつながっていると思います。

    それから、誤字が多すぎます。

    主張している内容も、もっと検証すべきでしょう。人口あたりの医師数も医療費も全くちがう国家を比較することに、どのような意味がありますか。

  6. >医療過誤被害者のイメージダウンにつながっている

    どの点がイメージダウンにつながっているのか、教えていただけないでしょうか。

    >それから、誤字が多すぎます。

    至急修正しますので、ご指摘お願いします。

    >どのような意味がありますか。

    もちろん推計でしかありませんが、参考にはなると考えています。

  7. 通りすがりの者です。
    管理人さまの律儀なコメントの数々に感服致しております。

    ところで管理人さまは、リンク先の著書、「人は誰でも間違える―より安全な医療システムを目指して」、読んでみられましたか?

    「事故を医師や看護婦などの個人の責任にしていてはなんの解決にならないことを訴えるとともに、いかに医療事故を防ぐかという具体的な方策も提案している」

    と書いてあるようです。

    これは、管理人さまの主張である、

    「まじめに医療行為を行っている医師は、”医療ミス”を起こさないでしょ。偶発的な「不注意・怠慢」などありえないのですから」

    とは真っ向から対立する意見のように見えます。

    やはり、著者であるL.コーン、J.コリガン、M.ドナルドソン、さらには米国医学ジャーナリスト協会は間違っているとお考えですか?

  8. 私の記述は、背後の医療システムが健全なことを前提に、医師の「不注意・怠慢」は偶発的に起こらないと主張したものです。

    病院をはじめとした医療システムの中に「不注意・怠慢」が存在する場合は、医師がまじめに医療行為を行っていても、当然”医療ミス”は起こりうるでしょう。

    医師個人と医療システム、どちらが問題なのであれ、不注意や怠慢が偶発的なものではないことに、変わりはありません。

  9. >個人の責任にしていてはなんの解決にならない

    アマゾンのカスタマーレビューですね。

    残念ながら、「人は誰でも間違える」は、医療事故の全ては、システムエラーが原因であり個人の資質が原因で起こることは無い、などと主張している訳ではありません。

    もしアマゾンのレビュアーや指見仁氏さんが、そのように理解されたのであれば、それは誤読か、実際には読んでいらっしゃらないのでしょう。

    事故の原因追究や再発防止の際に、個人の問題”だけ”でなく、システム的な問題も含めて大局的に考察する必要があると、本の中で主張されています。

    だからといって、個人の問題は不問にされるべきなどとは書いていませんし、逆に医師に説明責任を課すことを目的にした「(医療事故)強制報告システム」を提案し(105p)、問題のある医師の特定し、再教育や排除など適切な処置を採るように主張しています(206p)。

    ぜひ、ご確認ください。

  10. >まじめに医療行為を行っている医師は、”医療ミス”を起こさないでしょ。
    >偶発的な「不注意・怠慢」などありえないのですから。

    この会の会長の認識がこの程度と言うのは、酷く残念な気がします。
    今度の医療事故調の検討会で、ご発言されるとの事ですし、今後も医療事故に関して公的な場での発言を求められる機会もあると思います。
    一度、医療の安全管理について真面目に学ばれておいた方がよいような気がします。

    どうしても気になったので書き込みましたが、気に障られたら御免なさい。

  11. 管理者様、私の10.のコメントは、管理者様の8.9.のコメントを読む前に書いたもので、先ほど、初めて8.9.のコメントに気づきました。
    入れ違いになったようです。
    さて、管理者様の8.9.のコメントを読んでみたのですが、やはり私の感想は変わりません。
    そのことについて詳しく書いてみたい気もするのですが、今は時間が取れません。

    ところで、ちょっとした質問なのですが、誤字・脱字といったものは、不注意から起こると思うのですが、管理者様の説によれば、不注意は偶発的なものではないと言うことですから、管理者様の文章に誤字・脱字があった場合、それは偶発的に起こったものではないとの理解でよいのでしょうか?

  12. ところで、

    >あなたが今度、病院に入院する際に、4%もの確立で医療事故の被害に遭うことを思い出してください。もう人事では居られなくなるのではないでしょうか。

    との意見は非常に良いコメントだと思います。
    現代の医学・医療は完全ではなく、不確実性がありますから、常に良い結果を得られるわけではありません。
    それは、理論上の最適な医療を行っても良い結果が得られないと言うだけでなく、現代医学を担っているのが神様でも仏様でも無い人間が担っているため、どうしても人為的なミスにより事故が起こりうるという事も示しています。
    医療の担い手から全ての人間を追い出し、神様と仏様だけに医療をさせればよいのかもしれませんが、それは不可能な話です。
    ですから、医療を受ける際には、そういった人為的なミスによる事故が起こりうる事も考えて、それでも医療を受けたい場合にのみ、医療を受けるという決断をするべきだろうと思います。
    医師が治療方針を考える際には同じような事を考え、その上で治療方針を決定するよう教育を受けています。
    いわゆる「リスクとベネフィット」の考え方です。
    極端な話、非常に困難な手技の手術があり、その手術を行えば、人為的なミスにより患者様は死ぬ可能性が高い場合であっても、(何も治療しないも含め)他の治療方針ではもっと結果が悪くなると判断される場合には、その手術を選択する事は許容されると考えます。
    そして、実際にその手術を行い、人為的ミスにより患者様が死亡した場合には許容されるべきミスと判断されるべきと考えます。
    しかし、これは医療者の側の判断です。
    もし、患者様が人為的ミスを一切許容しないと言う判断をするならば、事前にその手術を拒否すべきだと思います。
    と言うより、拒否する義務があるとさえ思います。

  13. >不注意は偶発的なものではないと言うことですから、管理者様の文章に誤字・脱字があった場合、それは偶発的に起こったものではないとの理解でよいのでしょうか?

    日本語運用能力に問題があるから、誤字・脱字が起こるのであって、それは必然だと思いますが、違うでしょうか。

  14. 医療が不確実性を伴うのはあたりまえです

    どうしても起こりうる回避可能性のない損害が、医療行為の結果、患者に発生したからといって、それを”医療ミス”とは言いません。

    避けえないものを”ミス”と言う、YBB-621さんの言葉の使い方には、違和感を覚えます。

    (医師に責任のないことまで、”医療ミス”として医師の責任にしたら医療が委縮してしまうのではないでしょうか。)

  15. >と言うより、拒否する義務があるとさえ思います。

    医療行為のリスクを説明して患者の納得を得なければ、医療行為を行ってはならないというのは、インフォームドコンセント論からすれば、当然のことだと思われます。

  16. ところでこの記事を紹介して「他人事じゃないと受け止めてほしい」という事なのですが。具体的にどういうリアクションを期待されてるのかわからんです。
    増税?処罰の強化?支援策拡大?

    他人事として受け止めるな、だけではわからんのですが

    1984年、1992年のアメリカのデータを今の日本のデータに置き換えて考える事自体相当乱暴な気もします(1984年…四半世紀前か…)

  17. 保険理論で言えば、4%の危険率を補償するために、のこり96%に負担を強いても利益を上げないと運営できないのだけど、日本は100%安全であるかのような料金設定と幻想を振りまいてきた感があります

    4%の人が数千万円の金額を要求するとすると、96%の人は今の医療費の上にどれくらいの負担をしないといけないのでしょうね。
    (念のため、上乗せ分は利益でもなんでもありませんので)
    ましてや不確実性を知りながら受け入れを拒否できない救急医療や、瞬時に障害が発生する産科医療なんて、理性のある医師なら職業として選ばないでしょう。

    インフォームド・コンセントで患者に選択権があるのは当然として、患者が望む医療を必ずしも提供しないといけない義務は医師側にはないので、患者側には自分で好む医師を探してもらうしかなさそうです。
    4%の危険率を許せない人が、どうやって日本の中で救急医療施設を探すのか、探し方を御教授頂きたいものです。
    4%以下の危険率を提示できる医師に出会えるまで、急病人が彷徨うのも善しとされるのでしょうね。
    すごいユートピア社会です。

    【他人事じゃないから、高い医療費負担を耐えよ】
    【他人事じゃないから、診療能力に劣る病院からの受け入れ不能を容認せよ】
    【他人事じゃないから、診察待ち時間の長時間化は受け入れよ】
    【他人事じゃないから、慰謝料・賠償金の制限を受け入れよ】

    こんなスローガンだったら私も納得です。
    皆で助け合って、医療崩壊を避けることができれば、万々歳ですね(はぁと)

    ついでに医療従事者の法定労働時間を考えると提供できる労力には限りがありますので、【他人事】じゃなく、他人によって自分たちが受けられる医療資源が枯渇したり、足りなくなったりしますし、危険に晒される結果となります。

    人民による人民への闘争ですね

    運よく病院に、担当できる医師に辿りつけた者だけが受けられる医療が宜しいのでしょうか?
    いえいえ、文句を言っている訳じゃありません。
    患者集団がそういう御希望であれば、その御希望にお応えするのが我々の務めです。
    紹介状を付けて送り出してあげましょう。転送義務違反はしたくありません。
    但し、照会先が見つからないことは、紹介元からはどうしようもないことです。諦めてもらうか、運を天に任せてもらうしかありません。
    原理的不能については、責任や非難を受ける云われはありませんよね。

    医療行為がなければ医療【過誤】もありません。
    加害者も被害者も存在しないユートピアへようこそ。

  18. Med_Lawという医師の人、さすがにこれ言ってて恥ずかしくなりません?
    なんだこの嫌味の弾丸…

  19. なぜ、医療ミスを減らす努力を考えるのではなく、
    「医師のミスで患者が死んでも、文句を言わず受け入れろ!」と、
    開き直りをするのでしょうか?

    医師としての資質以前に、人間性が疑われますよ。

  20.  「医療事故の根絶」というけれど、再発防止のためにはシステム工学的なアプローチとかそういう科学的な検証が必要でしょう。
     医療が人間が人間に対して行うものである限り、人間よるファクターは取り除けません。プログラムミスで銀行が止まったり、駅の改札が止まります。
     それを機械を作った人が悪いとか、プログラムをした人を責めるのはやはり「人情」として理解は可能ですが、その防止のためには「冷静」に感情を排して、さらに「司法」とはまた別の物差しが必要でしょう。

     医療側は疲弊しているように見えませんか?それとも傲慢そのものでしょうか?
     いつも仕事に追われ続ける医療従事者、彼らが一人一人が注意を払うためにをさらにプレッシャーを現場にかけつづけても、過誤は消えるわけではありません。だって患者さんも千差万別。同じ年齢、同じ症状でも合併症やほかの因子でかわります。

     必要な情報を発信するのは構いませんが、外部から見ても、やや活動が「医療の結果」だけで問い続けることは、不毛です。そういう気はしませんか?

     王選手だって三振を大量にしていたし、イチロー選手だって見逃しもする。医者だけ結果を責め続けるのは・・・・?それを言うならば、アメリカの医師も100%患者さんを助けられません。そういう方向から考えると、結果が悪いことは反省材料にするべきでしょうが・・・病気に戦う時に味方になる医者や病院を「感情的」になって責めるのは、少し「行き過ぎ」な気がします。

     科学的に検証すると、ヒューマンエラーゼロの社会はそれだけ「理想的」かもしれません。しかし、「医療事故がゼロの社会」という「理想」を感情で求めることはたぶん、未来にはつながって行かないような気がします。

  21. 医療ミスが4%もあるのは確かに恐ろしい事ですね。管理人様のおっしゃっる通りだと思います。
    ですので管理人様が病気や怪我を負われた時には病院に行かず、民間療法などで治されたら良いと思いますよ。
    医療を受けなければ医療ミスも0%なんですから管理人様の望まれる事が実現すると思います。

  22. 管理者様、わざわざのコメントありがとうございます。
    いくつか、こちらからも思うところを書いてみたいと思います。

    14.の管理者様のコメントより
    >避けえないものを”ミス”と言う、YBB-621さんの言葉の使い方には、違和感を覚えます。

    私のコメントでは、単に「人為的なミス」と表現しただけで、回避が可能であるかどうかによって区別はしていません。
    私がコメントで主張したかったことは、「人は神様ではないので、回避可能なミスであっても常に回避できるとは限らない」と言う事です。

    >(医師に責任のないことまで、”医療ミス”として医師の責任にしたら医療が委縮してしまうのではないでしょうか。)

    私もそう思います。
    「風の息づかいを感じていれば」事故は回避できたはず式の極端な主張が無ければ医療の萎縮は起こらなかったと思います。

  23. 14.の管理者様のコメントより
    >患者の納得を得なければ、医療行為を行ってはならないというのは、インフォームドコンセント論からすれば、当然のことだと思われます。

    わたしもそのように思います。
    しかし、治療に同意するか同意しないかと言うのは患者様自身に存在する重要な権利であると思います。
    自己決定権と言うのでしょうか。
    その権利を医療者が勝手に侵害する事は、よろしくないと思います。
    ですから、患者様が治療に同意すると言えば、医療者側は、その決定を尊重しなければならないと思いますし、逆に治療に同意しないといえばその決定も尊重しなければならないと思います。
    治療を受けるかどうかという事は、自分の生き方を決める非常に重要な権利で、他の誰かが勝手に決められる種類のものではないので、患者様にはとても慎重に考えていただきたいと、いつも思っています。

  24. Med_Lawさまのコメント中、「医療行為がなければ医療【過誤】もありません。」との言葉があります。
    人によっては、「無茶な事を言いやがる」と眉をひそめるかたもいらっしゃるかもしれません。
    しかし、私にはこの言葉は非常に重要な言葉の様に思います。
    真剣に考える価値があると思います。
    例えば、慶応大学の近藤誠医師の著書中に次のような文章があります。
    「そして蛇足かもしれませんが、「医療無ければ被害なし」という言葉も日々反芻されるとよいでしょう」
    医療は人間が行う事ですから、何らかのエラーが起こりうるわけです。
    現場の人間は、エラーを防ぐための努力を地道に日々積み重ねています。
    それでも事故はゼロにはならないと言う現実があります。
    そういう現実を踏まえた上で、さて、どうするかと考える事は非常に重要な事だと思います。

  25. 参考のため、雑誌「世界」2008年2月号の記事からいくつか抜粋引用をします。

    「もともと病院を経営するときの費用は三つあります。一つは資本的経費。(中略)もう一つは経常的な経費。(中略)それと病院で大事なのは、間接的経費です」P78
    「外保連ができた昭和42年から適正な診療報酬を学術的に研究してきました。端的に、いまの診療報酬点数表の価格と私たちが計算した価格を比べますと、手術報酬で2.3倍の差があります。要するに、いまの診療報酬の2.3倍の価格をつけていただかないと、採算が取れない。」P79
    「昔は、先生の言われる「資本的経費」も計算していたんですけれども、それを加えたもので診療報酬を出すと、5,6倍になってしまうんです。それをそのまま出したら、こんなべらぼうなものはないと言って政治家から突き返されたという事情もあって、今は先生の言われる経常的経費しか計算していません」P79-80

  26. 13.の管理者様のコメントより
    >日本語運用能力に問題があるから、誤字・脱字が起こるのであって、それは必然だと思いますが、違うでしょうか。

    それはつまり、「日本語運用能力を改善すれば、誤字・脱字は根絶できる」と言う意味なのでしょうか?

  27. 医療事故が起こって「まさか!」と思うのは医療者も同じです。

    その点をよくお考えください。

  28. 事故を起こす医師は人格が悪いのでは?私の母を殺した医師は人格がひどかった。裁判を起こしたいのですが、弁護士もおかしい人が多い。知識がなさ過ぎる。なんの役にも立たない相談とやらででお金だけはむしり取る。10人以上相談に行ったけど、お金を払うに値する弁護士にはまだ出合っていません。

  29. 管理人様はじめまして。
    私はコメディカルを目指す学生です。
    コメントを読んでいて気になったのでコメントしました。

    以下のコメントに恐怖を感じました。
    『まじめに医療行為を行っている医師は、”医療ミス”を起こさないしょ。
    偶発的な「不注意・怠慢」などありえないのですから。』

    私は以前一般企業で働いていたのですが、どんなに努力をして
    注意をしてもミスをしたことのない人間に出会ったことがありません。
    私自身も疲れている時にミスを起こしたことはあります。
    医師、他コメディカルも人間ですから「医療ミス」は残念ながら起こるもの
    として議論しないとまるで医療従事者は神様のようにミスをしない人間で
    なければならいと言っているように聞こえてしまいます。
    『ありえない』と論じることは恐ろしいことだと思いました。

    前提として「ありえない」と考えるのではなく、起こって当然だと考え、
    それをどう防いでいったらいいのか、を議論したらいかがでしょうか?

  30. 「まじめに医療行為を行っている医師は、”医療ミス”を起こさない」
    との主張をされている前田様にお願いしたいのは
    「論理の破綻しない記事をまじめに書いていただきたい」
    ということです。

  31. (腹が立ちすぎて別のページにコメントいたしましたが、改めて)
    ひどいです、管理者さま。

    私は、世間一般で言ういわゆる”医療過誤被害者家族”ということで、つい先ほどまで入会するつもりでおりました、、、このページのやり取りを拝見するまでは。ところが、結局医者の書き込みに対して、管理者さまの返答はなんだかはぐらかしばかりで、すごく、すごーくみっともないです。失望してます.
    この会の主旨は何?この会に入る意味は?仕舞には、私たちは何の為に裁判を起こそうとしてるのだろう?本当にそう思っちゃいました.

    父に「こんな会があるよ」と言ったら、すぐに入ろうと言っていましたが、管理人さんがこれでは、会に入った後の父の失望する顔が目に浮かびます.幸い父はインターネットもましてやメールもできない人なのでこのやり取りは知られずにすみます。

    会の方々と実際に会ったりしなければ、私たちのような地方にいるもの(現在故あって米国に来ていますが)は、管理人さんの言葉、態度がその会の顔なんです.それを自覚なさっていらっしゃいますか?それなのに、「自分達の主張は聞きなさい、貴方の戯言は聞かないけど」の用なスタンスではまるで貴方の仰る『「医師のミスで患者が死んでも、文句を言わず受け入れろ!」と、開き直りをする(医者たち)』とおなじではないですか。結局この会もそうなのか、と思わざるを得ないのです.
    こんな人が私たちの気持ちを理解して会をもり立てられるのか、そう思ったら腹が立って泣けてきました

    私たちは、私たち自身の力で、もっと純粋な気持ちで、医療過誤と戦っていきたいと思います.

    入る前にこのページを拝見できて、逆に良かったのかもしれません.
    管理者様、前田様、会の皆々様へ、主のご加護のあらん事を。

    さようなら。

  32. >まじめに医療行為を行っている医師は、”医療ミス”を起こさないでしょ。
    偶発的な「不注意・怠慢」などありえないのですから。

    最初からこういうけんか腰でどうします?
    このサイトは、医者に対する不満とか疑念を煽るところですか?

    他のトピックスで匿名でお願いしますさんも書いていましたが、
    「対立からは何も生まれない」。まったくそのとおりです。
    この言葉を今一度かんがえてみてもらえないでしょうか.

  33. 真面目にやっていても事故は起こる。合併症だってそうだし、副作用だってそうだ。似たような症状や検査結果出るような病気もあるし、真面目だろうが不真面目だろうが、4%の確率で医者も医療過誤を起こす(患者にしてみれば起こされる)可能性があるわけですよ。病気には患者も医者もないわけで、治療を受ける前にしっかり説明を求める(説明をする)といったコミュニケーションが大切なんじゃないのでしょうか?だれだって訴訟なんて起こしたくないし、死んだ家族は帰ってこない。溺れてるようなもんだ。

  34. 32さんへ
    医療過誤の解決は、まだ暗中模索状態です。だから国にシステム化するように、働きかけています。原告の会にしても歴史が浅い。暗中模索のなかで
    なんとか解決していこう・・・・と皆の力をだしあっているのです。
    完成してはいない。できあがっているのに、乗るのではなく、あなた自身も
    会員として努力することなのです。頼るのではない。なにもせずに
    ただ批判していて、乗ろうとしているだけ。甘えそのものです。依存が強い。弁護士に依頼した。はい勝つのね。ではないですよ。弁護士と共に
    本人や家族が必死になって、やっと勝てるかもしれない、険しい道。
    原告の会員でしたが、勉強になったし、おおよそのことがわかったので
    その後は、弁護士と共に、二人三脚で障害物競走して、やっと被告医師の過失が認められました。まずは、自分です。自分で最大限の努力をすることです。

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